大学の先生の仕事「図書紹介」
2023年04月04日/ 坂内夏子
大学の先生って、どんな仕事をしているのでしょう?まずは学生のみなさんとの授業、そして研究が基本です。先生にはそれぞれ専門分野があり、学生のみなさんをはじめ、いろんな方に知ってもらい、それをより良いものに高めていくために日々努力していると思ってください。生涯教育学専修でしたら、生涯教育とは何なのか、なぜ必要なのか?、どのようなルーツ・ルートがあるのか、どんな人たちがどんな思いでどんなことに取り組んでいるのか…、授業や専修HP等をきっかけに、みなさん自身に引き付けて考えてもらえたらと願っています。
研究分野を広めるという意味で、大学の先生は本の紹介という仕事もしています。今回は社会教育の歴史に関する本を取り上げます。社会教育史は、生涯教育学専修2年生必修科目、小林敦子先生がご担当されています。これから履修される方はぜひ楽しみにしていてください。
紹介本は、大串隆吉・田所祐史著『日本社会教育史』有信堂・2021年です。
生涯学習というと、「人生100年時代」「新しい生き方」等、未来を考えるイメージがあるかもしれませんが、その歴史はどのようなものなのでしょう?歴史は昔の出来事を記憶していくのではなく、過去の人々の生き様と関わっていく学びですね。
この本は、近代国家を目指した日本において「社会教育」が登場した明治時代から「生涯学習」が本格的に姿を現した1990年代、20世紀末までを対象にしています。(この「社会教育」と「生涯学習」は教育行政用語です。学び・しつけ・成長等はいつの時代もありますね。)社会教育政策・行政と社会教育活動と関連づけながら、人々の学びの軌跡である自己教育運動や学習権思想を主軸にしています。
著者の編集の意図を紹介しておきます。
①大山郁夫(早稲田大学元教授)が指摘した「目ざめたる民衆の社会教育観」(「二種の社会教育観」1920)は、「民衆の必要」から生まれ出た民衆の自己教育運動です。
②この大山の指摘を、宮原誠一(東大名誉教授・社会教育)は、政治や経済や文化の必要を「人間化し、主体化するための目的意識的な手続き」こそが教育である(「教育の本質」1949)と発展させました。
③小川利夫(名大名誉教授・社会教育)は「社会教育政策とそれを現実化する社会教育行政とその行政の活動である社会教育活動と自己教育運動の間には矛盾がある」(「社会教育の組織と体制」1964)ことを指摘しました。
①②③を踏まえ、著者は自己教育運動を「人々が、自己教育の場を確保するために運動し、相互教育のために人々が集まり、条件を改善するために運動すること」(『日本社会教育史』ⅳ頁)と捉えています。この自己教育運動を視座に社会教育史を描きました。
教育史というと、一般的には学校教育史とされてきました。これに対して、宮原誠一は学校教育と社会教育の関係の捉え直しを説いています。それは知識伝達型の学校教育と、その補完や現実や生活課題即応型社会教育を否定するものです。小川利夫は高度経済成長・所得倍増政策に対して貧困・障害・差別の困難の克服のために教育と福祉の統一保障による教育福祉を提起しました。著者・大串氏(東京都立大学名誉教授)と田所氏(京都府立大学)は労働者教育の観点から社会教育史を解釈していると思います。
この本から、自己教育の思想と運動の系譜をたどることができます。戦前編は、①社会教育思想の発生と自己教育運動として、福沢諭吉の「人間社会教育」に始まり、自由民権運動と憲法創造学習(植木枝盛)、労働者社会教育(片山潜)、セツルメント事業、②社会教育行政の確立、③社会教育独自施設の希求や構想、④自己教育運動の発展として、女性の社会教育、労働学校、無産農民学校、自由大学運動、⑤青年会自主化運動の展開、⑥ファシズムに対する抵抗の社会教育です。戦後編は、➀新教育制度の誕生と社会教育法制定、②平和学習と近代的・民主的主体形成、共同学習と生活記録運動、サークル活動、うたごえ運動、③高度経済成長の矛盾に対する自己教育運動として、信濃生産大学や常民大学、生活史学習、労働学校、公害問題学習、子どもの社会教育、社会同和教育、④自己教育運動が示した学習課題を公的に保障する学習権思想の深まりへとつながります。
「働く」という点からみると、「生涯現役」、働き方の多様化・個別化、非正規労働者の増加、労働組合加入率の低下、ワークルール教育の必要等、気になることがたくさんあります。そのような時、社会教育の歴史、自己教育の思想と運動に学んでみてください。
社会教育法制定時(1949)から社会教育の軸は自己教育・相互教育でした。同法は国や政府の干渉から「社会教育の自由」を守るために制定されたともいわれています。社会教育の自由を守るとはどんなことなのか、そのためにどんな学びの場や関係がつくられたのでしょうか。みなさんのまちでは学びを核とした地域づくりが進められていると思います。学びを通して人が育ち、つながりが出来、地域が形成される循環が生まれています。みなさん自身も学びを通して何かに気づき、一歩を踏み出してみることがあるかもしれません。
著者プロフィール
坂内夏子 (さかうち なつこ)
教育・総合科学学術院 教育学部 教授
社会教育学,生涯教育学
https://w-rdb.waseda.jp/html/100000413_ja.html