ミッション・スクールとガールガイド

2022年07月25日/ 矢口徹也

吉村厚子さんが「日本における女子ミッション・スクールの設立に関する研究」で博士学位を取得された。吉村さんは、国語教員として勤務した高校を退職後、大学院に入学して本論文の執筆に取り組んだ。その努力を傍で拝見していた者として、心からお祝いしたい。私は指導教員という立場ではあったが、吉村さんの見識、さらに、その研究姿勢から多くを学ぶことになった。

※吉村さんの博士学位取得については、早稲田ウィークリーでも紹介されている。詳しくはこちらをご覧いただきたい)

 

吉村さんと知り合ったのは20年程前のことだった。当時の私は、日本のミッション・スクールで発足したガールガイド(Girl Guides)の歴史について調べていた。20世紀初め、ボーイスカウト、ガールガイドはイギリスで始まり、その後、世界の青少年のグループ活動のモデルとなった。現在の日本ではアメリカ式にガールスカウトと呼ばれているが、もともとはイギリス国教会の宣教団を通じてガールガイド(女子補導団)として紹介され、大正時代、東京の香蘭女学校、東京女学館、神戸の松蔭女学校、大阪のプール学院、さらに各地の教会でその活動が始められている。下記の写真は、1920(大正9)年、東京白金の香蘭女学校でのガールガイドの写真である。前列のイギリス人女性をリーダーとして活動が行われた(写真①)。

1920ガールガイドの集会

①1920年 ガールガイドの集会(東京市白金、香蘭女学校 ガールスカウト日本連盟蔵)

 

ガールガイドを通じて、少女たちは、グループワーク、レクリエーション、さらに、英語、キリスト教、欧米文化を体得することになった。この活動は第二次世界大戦の直前まで継続したが、戦時中は、「敵性文化」として禁止された。

しかし、1945年に日本が敗戦をむかえると、ガールガイドの経験者は、一転してその存在が注目されることになった。彼女たちは、GHQ(連合国軍総司令部)の通訳を務め、あるいは学校での英語教育を担い、さらに、新しい青少年教育のリーダーとしてグループ活動の普及に尽力することになったのである。

次の写真は、1948(昭和23)年秋、東京都小金井の日本青年館浴恩館で開催された第1回青少年指導者講習会の記念写真である(写真②)。

1948青少年指導者講習⁻浴恩館

②1948年 青少年指導者講習会(東京都小金井、日本青年館浴恩館 ガールスカウト日本連盟所蔵)

 

当時の日本では、青少年が話しあい、学びあうための教育方法の普及が課題となっていた。そこで、GHQのCIE (民間情報教育局)と文部省との共催でこの講習会が開かれることになった。その内容は、ディスカッション、ワークショップ、レクリエーションなどの実技であり、その指導にあたったのは、ガールスカウト、ボーイスカウト、YWCA、YMCAの関係者だった。

写真の前2列目中央の女性たちは、アメリカのガールスカウト連盟の理事であり、その周りにはCIEのスタッフ、文部省の関係者が並んでいる。もうひとつ注目されるのは、当時としては異例ともいえる多くの日本人女性たちの姿である。実は、この女性たちの多くは、戦前のガールガイド、YWCAの経験者であった。(ボーイスカウトの関係者は、戦時中の軍部との関係から参加は控えめなものとなっていた)。ガールスカウト(ガールガイド)は、戦後の青少年教育の担い手となり、今年、70周年をむかえた早稲田大学の生涯教育学専修の設立にも影響を与えていることを付記しておきたい(詳細は、別の機会に)。

 

話は戻るが、吉村さんの勤務していた松蔭女子学院は大正期、神戸でのガールガイド発足の地であった。吉村さんは、同校の100周年記念誌編纂のためにイギリスから宣教関係文書を取り寄せ、また、イギリスにも赴いて調査をされていた。これが、私が同校の資料室を訪問し、吉村さんと出会うきっかけとなった。大正期、昭和戦前期の史料は、実に貴重なものばかりだった。吉村さんの助言で、宣教関係文書の中のガールガイドに関連する記録や写真を探しながら、私は、彼女のミッション・スクール研究の蓄積を知り、その成果を論文にまとめることをお勧めした次第である。

ふりかえってみると、吉村さんのミッション・スクール研究、私のガールガイド調査という接点から、100年前の事実について仮説をたてて検証していくことの大切さ、その結果、わかることの感動を再認識することにもなった。あらためて吉村厚子さんに感謝し、また、お祝いを述べたいと思っている。

 

著者プロフィール

矢口徹也 (やぐち てつや)

教育・総合科学学術院 教育学部 教授
専門分野:社会教育(青少年教育論,女性教育論)
https://w-rdb.waseda.jp/html/100000529_ja.html